B:空飛ぶ巨鯨 ショックモー
空翔ぶ巨鯨の伝説は、世界各地で語り継がれています。
その代表例は、アバラシア雲海に棲まうバヌバヌ族が信仰する、伝説の白鯨、ビスマルクでしょう。これは何某かの雲海生物と、海洋のクジラのイメージが、混じり合ったものであると解釈できます。
一方で、古代にはクジラに似た飛行生物がいたのかもしれない。私は、類型の南洋諸島の伝承にちなみ、これを「ショックモー」と呼び、実在の証拠を探しているんです。
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
あたしは幼少の頃から空飛ぶクジラのお話が大好きだった。きっかけはあたしが居た孤児院にあった絵本なのだが、その空飛ぶクジラが子供を背に乗せて虹を超えて幸せな世界に連れて行ってくれるというくだりが大好きで、いつか白馬ならぬ白鯨にのった王子様が迎えに来る的な少女チックな憧れを密かに抱いていた。
大人となった今となっては恥ずかしくて相方にすら言えないような、顔からファイジャが噴射できるレベルの話だが、それでも白鯨と呼ばれた浮島喰いのビスマルクを初めて見た時にはファンタジーとリアルのギャップに打ちのめされ心が折れて、ショックで両膝をついて泣いてもいいかしら?と本気で思ったものだ。あたしが泣かずに済んだのは、あれはクジラではないと心から強く思えたからだ。
だってだって、鯨には牙や角はないし、クジラには天候を操る力なんかないし、あいつは浮島をガリガリ喰らっていた。本来のクジラは歯を持たず、オキアミなどの小さなエビを海水ごと大量に喰らって生活している。つまり、古代バヌバヌ族が見たという空飛ぶクジラの話が代々口伝で伝わるうち、そこに想像力が介入し、話に尾ひれ背びれが付いた結果、バヌバヌ族が想い描く白鯨ビスマルクはああいう生態なんだという事になり、それを蛮神としてイメージして神降ろしをしたのだと推測できる。つまり、実質的には白鯨ビスマルクはクジラではなく、バヌバヌ族の想像から生まれたクジラに似た飛行型の創造生物ということになる。あたしの憧れの心は土俵際で持ち堪えた。
そのお陰で空飛ぶクジラに憧れる心を死守し、少女の心は手放さなかったあたしはある程度稼げるようになってからクジラを模した魔法生物をオーダーメイドでしつらえて騎乗用として使っている。
そんなあたしだからこのエルピスに空飛ぶクジラが居ると聞いて小躍りに踊った。少女のように目をキラキラさせてしつこく相方に見に行きたいとおねだりする姿は事情も知らない周囲の第三者から見たら異様だったに違いない。珍しく相方が困惑した顔で周囲の空気を気にしていたことからも明らかである。
とにかくあたし達は案内人を引き連れて、「ショックモー」と呼ばれる空飛ぶクジラのいる草原に向かった。何故草原での遭遇率が高いかと言うと、案内人の話によればショックモーと呼ばれるあの元祖空飛ぶクジラは草原にすむ羽虫を食べているのだという。尾ひれや胸びれで草原の草を激しく揺らすと、風が葉っぱを揺らし、葉についていた羽虫が飛び上がったところを一網打尽に喰うのだ。この小さな羽虫を喰うという辺りもポイントが高い。クジラは浮島など口にしてはいけないのだ。
あたし達は現地に着くと、窪地の淵にある高台から下を覗き込んでみた。そこから地面は急斜面になっていてその下が草原になっている。草原は高い樹木や知障害物の少なため窪地全体が見渡せる。その窪地の中央部あたりにユラユラ宙に浮く大きな生き物が見えた。
「ホントだ。いる!ほら、見て!いるよ!」
あたしは妙なテンションになってクジラを見ながらウルウルした目で相方の腕をバンバン叩いた。。
1万2000年後に生息する種がこの創造生物の審査を行うエルピスに居るという事は、あれは空飛ぶクジラの祖という事になるのだろうか。あたしは万感の思いに更けながら改めて草原の真ん中にユラユラ浮かぶクジラを眺めた。
「ん?あいつら何やってるんだ?」
案内人がぼそっと言った。案内人の見ている方向を見ると、剣や槍を構えた一団が伸びた草に身を隠すように屈んでショックモーの方へ近づいて行く。リーダーらしい男がハンドサインで仲間に指示を出す。
「ショックモーを狩るつもりかしら?」
相方は武装した一団から視線を外さないまま呟いた。
「んにゃろ、やらせるか!」
あたしは大して考えもないまま窪地へと飛び下り駆け出した。